夢に見たいと願うもの。
「レナート、シグルドに何したんだ?」




 気になって訊ねると、レナートは苦笑しながら答えた。

「スリープしてもらってるだけだ、命には影響ない」

「そっか」




「ただ、昴が俺を見つけてからの記憶は消させてもらった」




 少しだけ申し訳なさそうに言う。

「…俺のことや、昴に言い寄ってたことだけな」

「そんなこと出来るんだ?」




 ちょっと意外だ。
 幽霊がそんなこと出来るなんて。




「…まぁ、前も…やったしな」

 今気づいたかのように気まずそうになって、レナートは頭をかく。
 何か嫌なことでも思い出したのだろうか。




「…俺はそろそろ消える。また明日、会おう…昴」

 頭をぽんぽん叩かれて見上げた、レナートの顔。
 少し吹っ切れたように見えた。




「…うん」

「明日は、俺が昴の部屋に行くから」

 俺の頬に優しくキスをして、レナートは消えた。
 レナートがキスした場所に触れる。
 暖かい感触が、残っている。

「…気障な奴」

 嬉しくて顔が緩む。
 まだ、また両想いになっただけ。
 未来なんてどうも想像できないけど、少しでも一緒にいられるなら嬉しい。




「昴、昴」

 リスルゥに呼ばれて下を向くと、リスルゥが倒れているシグルドを前足で指していた。

「ちょっと目がぴくぴくしてるよ、もうすぐ起きるよ」

「そうみたいだね」




 しばらくして、目を開いたシグルドは腕をゆっくりと動かし起き上がった。

「…ん…ここは?」

 辺りを見回して、シグルドは不思議そうな顔をしていた。

「…シグルド、大丈夫か?」

 シグルドから記憶が消えているというのは本当らしく、自分が何故ここに居るのか解らないようだった。




「猫が逃げちゃって追いかけてたんだ。忘れちゃった?」

「…そう…だったか?すまない、記憶がない…」

 とっさに考え付いた嘘を言うが、怪しむ様子はなかった。
 困った様子のシグルドを見て、これなら大丈夫と判断する。

「…あのな、俺とぶつかって、倒れちゃったんだ。ごめん」

 浮かんだまま話すと、納得したように頷いた。




「お腹空いた、何か食べようシグルド」

「…そうだな」

 そう誘うと、シグルドはゆっくりと立ち上がった。




 祭らしい色んな店を回りながら、シグルドが自分を好いていたということを改めて考えた。
 好かれるのは嬉しいことだ。
 でも、恋愛感情であるとまた複雑な気持ちになる。

 シグルドが俺を恋愛感情で好きだってこと、忘れればいいのに…ふと、無責任にもそう思った。
 レナートの力では、一定期間のことは消せても、部分的に消すことは出来ないのかもしれない。




「リスルゥ、ヴェンツェルのとこに帰らないのか?」




 夜、シグルドに送られて戻った部屋でリスルゥに訊ねた。

「マスタ?」

 首を傾げるリスルゥをベッドに乗せて頷く。

「あのね、マスタ、いそがしいんだって」

「…何で?」




 いつも暇そうなのに、何かあるのだろうか。




「マスタ、やることがあるんだって」

 ヴェンツェルが何かを企んでいるということだろうか。

「だからしばらく昴と一緒にいるの」

「まぁ、猫のままなら…別に…」

 人型だと、本当に…さすがに。
 いくら恋愛感情がなくても、俺が自分の部屋で女の子と2人だけなのはまずい。

「終わったらマスタがリスルゥ迎えに来てくれるよ」

「ふぅん…って、何でそんな…いつの間にヴェンツェルに聞いたんだ?」

 リスルゥがしっぽを振りながら笑う。

「昴がシグルドと射的やってるとき、マスタに逢ったの」

「へぇ…」

 ヴェンツェルに祭は似合わないな、とちょっと思った。




「クラウスもいた。お祈りしたあと、ちょっと教会に戻ったらマスタに逢ったんだって」

 仲が悪いはずの2人が一緒に祭に出るのもおかしな話だ。

「…ねぇ、昴、マスタに逢いたい?」

「…何で?」

「何となく」




 ヴェンツェルはまた何か企んでるのだろうか。
 でも、10年は俺は何も出来ないはずだ。

「逢いたいってわけじゃないけど、聞きたいことがあるし」

「ふぅん…」

 そのまま、リスルゥは疲れたのか寝てしまった。

 俺は、布団を頭まで被って眠った。
 今夜は、レナートの夢を見れるだろうか。

 それとも、俺自身の夢だろうか。




 夢に見たいと願うもの。




 失われたままの自分の記憶。