真実に潜むもの。
「…昴」




 レナートが呼ぶ。
 さっき拭った涙がまた溢れる。

「何泣いてるんだ、プリティフェイスが台無しだぜ?」




 少しずつ、でも確かに崩れていく封じられた記憶の壁。
 レナートが何故死んだのか、俺とどういう関係だったかは教えてくれない。

 記憶が一気に戻れば良いのに、ただもどかしいだけ。
 自分で封じたのか、それとも誰かに封じられたのか。




「…レナート…」




 知らないまま過ごせたらよかったのに。

 気付いていながら、でも気付かない振りをしていたのに。




 さっきまで少し笑った表情だったのに、苦しそうな顔をして言った。

「…このまま…お前をシグルドに渡してもいいと思ってた」




「…何で…?」

 俺の問いには答えず、続ける。

「でも、やっぱりダメだな。お前を誰にも渡したくない」

「なら、なら…」




 頑張って涙を堪えるけど、意味をなさないような気がした。




「誰にも渡すな、俺から離れるなよ」

 幽霊だろうがお化けだろうが、今現にレナートは俺の前にいる。
 それは、それだけは現実なんだ。




「…出来るならいくらでも…そうしてやりたい」

 でも、と続く。

「シグルドに聞いて解ってるだろ?俺は死んでる…ゴーストだって」

「…だから何?」

 レナートに一歩、近付く。

「俺、気付いたんだ。あんたのことが好きだって」




 レナートの顔が少しだけ歪む。




「全然思い出せないけど…でも、今も昔もあんたが好きだ」

 何も知らなくても、レナートを好きになったんだ。

「前、危ないときに呼んだ人が、忘れてる一番好きな人だってあんたが言った」

 思わず叫んだ、でも本気で助けて欲しかったのはレナートだった。
 ほかの誰でもない。

「レナートが好き。性別だとか生きてないとか、そんなのどうでもいいよ」

 好きだから傍にいたい…ただそれだけ。




「あんたは…俺をどう思ってる…?」




 答えを聞くのは少し怖かった。




「…昴が…好きだ」

 レナートは長い沈黙のあと、そう答えた。

「…うん…」

 嬉しくて、また溢れる涙を拭いた。




「いつ消えるか解らないぞ」

「平気。悲しいけど大丈夫」

 それは生きていても死んでいても、いつ訪れてもおかしくないことだから。




「……昴…」




 リスルゥを肩から降ろし、胸に抱いてレナートを見つめた。

「……だって…触れるんだよ?」




 レナートに近付いて、そっと指で頬に触れた。
 ちゃんと、暖かい。
 そのまま唇に触れた。
 レナートがその手を取り、口付けた。




「レナート、好きだ」

 何度言っても言い足りないほど、そう伝えたいと思った。

「俺も…昴が好きだ」




 胸の奥に、熱いものが生まれる。




「キスして」

 今までだったら、そんなこと誰にも言えなかったと思う。
 でも、何故か今はすんなり言えた。

 レナートがゆっくりと近付いてきて、そっと、唇に触れるだけのキス。

 懐かしい、暖かいキスだった。

 やっぱりそうなんだ。

 エリダラーダに来て、アダムの息子として誰かの願いを叶えた俺。
 「誰か」は、レナートだったんだ。
 「好きな人」も、レナートだったんだ。

 でも、何故俺はレナートを忘れているんだろう。
 一番忘れちゃいけない人なのに。

 俺とレナートに、何があったのだろう。




「…好きだ」

「うん」

 レナートは俺を抱きしめてそう言った。
 言い足りないし、言われたりない。
 そんな気がした。

 だから、言葉なんて要らないように、このまま2人が同化してしまえば。
 そんなことを思った。






「ヴェンツェル、何故ここに?」

 兵隊戦死者の墓の前でクラウスは銀色の髪を見た。

「…未練は消えはしない。だが、いずれ魂は帰るべき場所へ引かれる」




「……だから?」

 クラウスの瞳が赤く光る。

「…あの亡霊は…アーテシュリングに誓っている」

 ヴェンツェルはレナートの名前の彫られた場所に触れた。




「……昴を愛する…と…」




「……ヴェンツェル、あなたは一体何をしようと…?」

 ヴェンツェルの意図が読めず、クラウスは首を傾げる。
 その質問に笑い、ヴェンツェルは言った。

「月の位置をずらす」

「…?!」

「今のままではアダムの息子の力も弱いからな」

 ヴェンツェルはクラウスを見た。

「あなたの願いを叶えるんですか?」




「俺は10年先でも構わないが、あの亡霊には時間がないかもしれん」

 クラウスは呆れたように言った。

「…お人好し、ですね」

「ただの気紛れだ」

 くっと笑うと、レナートの名前から手を離した。




「お前もやるか?」

「…やりますよ」

 仕方ない、とクラウスは溜息をつく。




「昴君が…真実を知っても弱気にならないでくれればいいですが」




 真実に潜むもの。




 流れる血と涙の言葉。