胸の奥に咲いたもの。
 「あ」

 リスルゥが耳元で声を出した。
 シグルドが何かが乗った紙皿と串に刺さった焼き魚を手にこっちに来る。




「リスルゥ、よかったな。魚だよ」

「おさかなだね」

 リスルゥは嬉しそうに言い、目を輝かせていた。




 ふと視線を感じ、辺りを見回す。

「昴、待たせたな」

 シグルドの声を頷きながら、消えない視線の主を探す。

「どうした?」

「ん…ちょっと…あ」




 雑踏の中、見つけた。
 金色の髪の。
 右目に眼帯をした。

 こっちを、じっと見ていた。




「…レナート…来たんだ」

「…レナート?!」

 シグルドが驚いたように言った。

「あれ、シグルドも知り合い?ちょっと待って、今連れ…」




「昴!」




 行こうとした肩を掴まれて、シグルドを見る。

「何…?痛いよ、シグルド…」

「昴、何を見た?」

 低い声で訊ねられる。

「何って…友達…レナートだよ」

 シグルドは険しい顔で俺を見ていた。




「…昴、レナートなんて…居ないんだ」

「は?バカ言うなよ、居るって!」

 睨みつけると、より肩を強く掴まれる。

「レナートは居ない…死んだんだ」




 頭が痛い。




「クラウスに聞いた。3週間前、レナートは死んだ…」




 耳を疑う。
 信じたくない。
 信じられない。




「俺は昨日も会った。現にそこにレナートはいる!」

 レナートを見た方向を指差すが、さっきまであったはずの姿がない。

「気のせいだ…何かと見間違えたのかもしれないだろう」

「違う!!」

 首を振って思い返す。




 あれはレナートだ。
 見間違えるはずはない…あの目を。

 何故か急に悲しくなって、シグルドを振り払った。




「…探してくる!」

「昴!!」

 リスルゥを落とさないように、居たはずの場所、その近辺を探した。

「昴…」

 リスルゥが何か言いたそうにしていたけど、返事をしなかった。




「何処にいるんだよ」

 何で俺はこんなことしてるのかな。
 何でレナートを探してるんだろう。

 死んだなんて嘘だ。
 死んでるとしたら、まだ明るいのに幽霊を見たのか?




「昴お兄さん?」

 呼ばれて振り返ると、また祭に紛れ込んだのか、軽装のアレクがいた。

「アレク…?」

「そんなに息を切らして何してるの?」

「アレクこそ…なんでここに…」

 王様だし、今日は慰霊祭だからやることがたくさんあるはずなのに。

「挨拶も終わったし、せっかくのお祭なんだから、街を見ようかなって」

 首を傾げながら笑う。




「あ、アレク、レナート見なかった?」

 息を切らしている理由を思い出して、アレクに訊ねた。

「レナート…さん?」

「うん、金髪で右目に眼帯してて、傭兵風なんだけど…」

 アレクはそれを聞いて思い当たる節があるのか暫く困っていたが、口を開いた。




「多分…教会の墓地」

「…墓地?」

 また、墓地。
 嫌な予感がする。




「…お兄さんに…いいのか悪いのか解らないけど」

「何で?」

 質問には答えないで…ただ笑って、俺の手を取る。

「…お兄さんに…主のご加護がありますように」

 そう言って手の甲に口付けた。

「……またね、昴お兄さん」




 アレクは手を振りながら行ってしまう。
 人混みに消えていくアレクを見送った。




「昴?」

 暫く沈黙していると、リスルゥが呼ぶ。

「何だ?」

「…泣いてるの?」

「ぇ?」




 言われて初めて気付いた。
 いつの間にか頬を涙が伝っていた。




「…うぅん、何でもない…」

 袖で涙を拭いて、墓地に向かおうと方向転換をしたとき、後ろに居た人にぶつかった。

「…ぁ、すみませ…」

 心配そうな顔のシグルドだった。




「昴、居ないだろう?帰ろう」

「嫌だ!」

 力一杯睨みつける。

「レナートを連れてくる!それで文句ないだろ?」

「文句も何も…」

「…っ…レナートは居るんだ!」




 シグルドが突然俺の腕を掴んで、人気のない路地裏に入っていく。

「どこに…」

「昴」

 真剣な声。




「…昴、俺は…お前を失いたくない」

「な…」

 壁に押しつけられて、リスルゥは肩から降りて俺の足下にすり寄った。




「お前が帰ってきたとき、またエリダラーダで会えると知って嬉しかった」

 簡単に理解できることなのに、最初何を言っているか解らなかった。
 理解したくなかったのかもしれない。




「この気持ちを何と表現したらいいのか悩んだ」




 低くて甘い囁きながらの言葉。
 これはアレだ。




「…好きだ、昴。お前を愛している」




 いろんな形態がある。
 愛の告白だ。




「だから…」




 ゆっくりと顔が近付いてくる。
 逃げたくても、力じゃ敵わない。




「レナートなんて忘れて…俺を見ろ」




 嫌だ。
 忘れるなんて。




「…っ…ゃ…」




 シグルドも好きだけど…それは友達としてで恋愛じゃない。




「…昴…」




 目を強く瞑った。

 助けて欲しい。
 こんなの、嫌だ。

 誰でもいい。
 助けて。




「…レナ…ト…っ…レナート…!!」

 力一杯叫んだつもりなのに掠れて声なんか全然出なかった。




「……ぅ…っ…うわぁぁ…っ!?」

 強い風が吹いて、ふとシグルドの手の力が消えた。




「…ぇ…?」

 目を開けると、シグルドが倒れていて、その傍にレナートが立っていた。

「…レナート…?」

 消えそうな声で、呟いた。




「昴…」




 足下にいたリスルゥが肩に登ってきて言った。




「…昴が呼んだら来たよ、凄いね」




 解ってるんだ。
 この答えを。




 胸の奥に咲いたもの。




 二度と消えない紅い恋の花。