認めたくなくて振り払うもの。
 夜遅く、リスルゥが突然やってきた。




「ミレンちょうだい」




 リスルゥが言うには、ミルクが練ってあって甘くて美味しいらしい。
 全部ヴェンツェルがついた嘘だ。
 そして練乳のことだろう。
 こっちじゃ何て言うんだろう?




「今はないけど明日あげるから、これでも食べて寝ろ」

 昼間にエマがくれたコンフェイトを見せてやる。

「これ何?」

「コンフェイト。甘くて美味しいよ」

「ありがと、昴」

 リスルゥの口に、一粒入れてやる。

「…甘いね」

「気に入った?」

「うん」




 ベッドに潜ると、リスルゥも入ってきて丸まった。

「…猫だから一緒に寝るんだからな」

「にゅ?」

「…おやすみ」




 目を閉じた。
 すり寄ってくるリスルゥの体温が暖かくて、すぐに眠ってしまった。




「ん…」

 次の日の朝は、いつもよりすっきりとした寝覚めだった。

「朝か」

 横を見ると、リスルゥがすやすや眠っている。
 何か懐かしいものを胸に感じて、口元が綻んだ。

「好きな人の傍で眠るのは…いいよな」




 無防備で、安心しきっている。
 リスルゥは警戒心がないわけではないのに、何度か突然やってきては勝手に布団に潜り込む。

 最初は驚いたけれど、猫型で来るなら、と受け入れていた。
 黒の導師の教育と生活がどうなっているか甚だ不安だ。




「さて、ミレンをもらいに行こうかな」

 呟いて、ベッドから降りる。
 説明すれば多分クラウスもエマも解ってくれるだろう。




「今日も…空は青いんだな」

 青い空。

 青い空は、どこの世界でも、変わらない。




「昴、迎えにきた」




 夕方、シグルドが迎えにきた。
 クラウスやエマには教会や病院の仕事以外にもやらなければいけないことが沢山あった。
 俺は何もやることがないし、それなら、と掃除や片付けなどを引き受けて時間を潰していた。
 リスルゥは俺の肩に乗ってそれを眺めていた。




「昴、その猫は?」

「こいつ?リスルゥっていうんだけど…俺の友達。一緒に行ってもいいか?」

「…そうか、別に構わない」




 シグルドはリスルゥが喋れるとかヴェンツェルのだとか言ったら卒倒するかもしれない。
 一応リスルゥに喋るなとは言ったけど、いつまで保つか解らない。




「…シグルド、今日は仕事ないのか?」

 ふと思ったことを口にしてみた。
 こういうイベント事があると色々ありそうなのに。




「大丈夫だ。今日は何もない」

 何かあれば動くがな、と付け足した。

「ふぅん?」

「さぁ、行こう」




 手を差し出されて、俺は躊躇いながらもその手を取った。

 胸がちくりと痛んだ。




「今日は何の祭?」

「クラウスに聞かなかったのか?」

「うん」




 クラウスも忙しそうだから何も聞かなかった。
 日本と同じなら収穫祭とかだろうか。




「慰霊祭だ」




 慰霊祭…霊を慰める?




 また、胸が痛む。
 ズキズキと、刺すような痛み。

「エリダラーダでは春と秋に慰霊祭があるんだ」

 広場へ行くと、祭壇と舞台が用意されていた。
 その周りには屋台が沢山出ている。

「慰霊祭だが、普通の祭だ。祈りを捧げたり舞を舞ったりするくらいだからな」

「へぇ…」

 こっちで何と言うか知らないけど、綿飴や焼きそば、お好み焼きのようなものの屋台も出ている。




「何か食べるか?」

「え…うん?」




 そうは言ったものの、俺はお金を持ってこなかった。
 一応部屋に貯金箱があるけどいくら入ってるか解らないし、単位も解らない。
 クラウスやエマに頼まれて買い物をした際にお釣りをくれたりするのを入れていただけだし。

「では行ってくる」

「って…?!」

 シグルドは頷くとさっさと買いに行ってしまった。
 何を買いに行ったのかは解らない。




「昴」

 リスルゥが小さな声で言った。

「リスルゥおさかな食べたい」

「魚?じゃあ後でシグルドにそう言ってみるよ」

「うん」

 嬉しそうな声。
 でも、その後すぐ、シリアスな声でリスルゥは言った。




「…昴、今日はお化けがいっぱい出る日だよ」




「お化け?」

「うん。だから気をつけてってマスタが言ってた」

 ヴェンツェルが心配?
 お化けがいっぱい?




「解った」

 何か引っかかるものを感じながら頷く。

 お化け。
 この世界なら、何でもありな気がする。




 だって、あいつは……幽霊だし。




 ん?
 また?

 また、変なことを。
 誰が幽霊だって?




 胸に痛みを感じながら頭を振る。




 認めたくなくて振り払うもの。




 失いたくない大切な人との繋がり。