| 見えない傷を癒すもの。 |
| 昴が自分を誘ってくれたのは嬉しいと心から思っていた。 でも、そこに影を落とすものを知っている。
シグルドが昴を想うのは自由だが、昴を渡したくない。 ただの嫉妬だと解っていても。
自分以外の誰かと幸せになるのが昴の幸せだと思う。 昴は最初から誰のものでもないのだ。 それを否定はしない。 だが、それでもシグルドを認めたくはなかった。 シグルドが昴を好きであることが何故か嫌だった。
闇に映える銀髪が名前を呼んだ。 「…黒の導師」
呆れ顔で言ってくる。
「奪われてもか」
黒の導師の肩に乗っていた黒い物体が口を開いた。 「ミレンってなぁに?食べもの?」 よく見れば黒い猫。 「…ミルクの練ったやつだ」 いや、違うだろう。 「…リスルゥ食べたいなぁ…」 未練を? 「昴にもらえ」 何故そこで昴? 「くれるの?」 未練なんてもらうものじゃない。 「あぁ」 嘘を教えるな。 「ホント?じゃあ、リスルゥ昴のとこ行ってくるね!」 ぴょんと黒の導師の肩から飛び降りて、黒猫は行ってしまった。
「気にするな」 気にしたい。
唐突にそう言い、赤い瞳が真っ直ぐ見つめてくる。 「騎士には奪われたくない、とは…個人の私的な感情だな」 「解ってるなら放っておけばいい」 「だが、昴の気持ちは既にお前に傾いている」 それは解っていたが、気付かない振りをしていた。
冷たい風が吹いた。 「昴と離れるなら」 揺れる木々の音が聞こえる。 「昴との思い出は少ない方がいい」 それはただのわがままだ。 「あいつが…騎士を好きだとしても」 そうであると思いたくなくても。 「幸せになることが俺の願いだ」 胸の底にある醜い感情なんて消えてしまえばいいのに。 シグルドと一緒に笑う昴を見るくらいなら、癒えた右目をもう一度…いや、両眼を抉ってしまいたい。 幸せを願えば願うほど…あの日諦めたくせに、もう一度生を願ってしまう。
溜息をつくと、黒の導師は何か考えていたが、すぐに顔を上げた。 「昴は記憶が戻って来ているようだ」 息を飲んだ。 「全てが戻る確証はないが…少しずつ、断片的なものを感じている」 これはクラウスの報告だがな、と付け足した。 「昴の記憶はアダムの息子としての力をもってしても消しきれないんだろう」 「でも、何で…」 「お前の二度目の願いを叶えた力が弱かったからだ」
二人ともただの人に…という願い。
もちろん、誰がこの件に関わってもだ、と言った。 「どうなるのかまでは解らない…だが、お前が消えてしまう可能性もないわけではない」 未練があっても消えるときは消えるのかもしれない。
悲しいことだとしても…昴が傷つかないならそれがいい。 「お前がどうなろうと関係ない。だが…昴が記憶はなくともお前に好意を持っているということは忘れるな」 そう言うと、黒の導師は闇に紛れて姿を消した。
このまま傍にいたくても、いずれ自分は消えるだろう。
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