呼びたくても思い出せないもの。
 レナートとの逢瀬。
 会う度に、不思議と気持ちが落ち着く。
 何だか懐かしい気持ちになる。

 何かを…誰かを忘れていることなんて…どうでもいいと思う反面…苦しくて思い出したくなる。




 いつも、レナートはただ黙って静かに話を聞いている。
 滅多に自分のことは話さない。

 今まで一緒に居て解ったことは少ない。
 誕生日だとか、傭兵だとか。
 短絡的なプロフィールだけ。
 俺ばかり話している。




「そういや、明日は祭があるらしいね」




 祭の前日、しばらく他愛ない話をしたあとにレナートにそう言うと、微妙な顔をされた。

「レナートも行く?」

「行かない」




 即答されて、何か嫌なことでもあるのかと不安になった。

「明日は用事があるんだ…だから昴は俺の分もエンジョイしてこいよ」

「ぅ…うん…」




 用事があるのならば仕方ない。
 傭兵だし、仕事があるのかもしれないし。

「…でもさ、用事が終わってもし来れそうだったら…レナートも…な?」

 そう付け加えると、少し驚いていたが、頷いた。




「…なぁ、レナート」

 ふと、レナートに、俺の記憶のことを話したくなった。

「俺、記憶がすっぽり抜けてるんだ」




 レナートが息を飲むのが解った。

「…誰かと一緒に過ごした時間だけ…3ヶ月間の記憶が」

「…それで?」

「その人のことを…思い出したいんだ」




 思い出せば自分が傷つくのは、何故か解った。
 それでも、傷つくだけでいいならとも思った。

 自分が傷つくだけで済むのなら。




「…誰だ?」

「…それも…解らないんだ。大切な人だと思うんだけど」




 レナートの顔を見ると…何だかとても辛そうだった。

「思い出して…どうしたいんだ?」

「どうしたい…?」




 そう言えば、俺はどうしたいんだろう。
 そもそも、俺は何で忘れてるんだろう?

 その意味も理由も解らない。

「忘れていることに意味があるなら、思い出さない方がいいこともある」

 レナートはそう言って俺の頭を撫でた。

「…でも…」




 だから、思い出そうとすると頭痛がするのかもしれない。
 忘れなくてはいけないことだったのかもしれない。

 でも、思い出さなきゃいけないような気もする。
 思い出さなきゃ、心が死んでしまいそうなんだ。




 その人が愛しすぎて。




「…俺、思い出したら…その大切な人に…会いたいんだ」

 会って、どうしたいのかも解らない。
 でも、胸が痛む。

 それでも、会いたい。




「その…忘れてる大切な人は…昴のラバーか?」

「…解らない…けど、そうだと思う」

 直感だけど、確証はないけど。
 スティラルカが言ってたことを考えても多分そうだ。




「…どうしても思い出したいのか?」

「うん…」

 溜息をついてレナートはゆっくりと立ち上がった。




「…ソーリー、昴。俺は何のパワーもないから解らない」




 そうだよな。
 クラウスやヴェンツェル、スティラルカは解ってるのに教えてくれない。
 この前会ったばかりで俺の交友関係も以前のことも知らないレナートに…解るはずもないんだ。

「でも…昴が直感を信じるなら」

 言葉を切って、レナートは俺を見た。

「昴に何かデンジャーなことがあったとき、一番最初に名前を呼んだ人がその大切な人だと思う」

「…一番最初に名前を呼んだ人…?」

「いくら記憶がなくても…潜在意識とかってのがあるだろ」




 そういえば、たまに…無意識に浮かぶものがある。
 レナートが言いたいのはそれらのことだろうか。




「あんまりあてにするなよ」

「…うぅん…ありがとう…変なこと言ってごめん」

 謝って、俺も立ち上がった。




「…じゃあ、もう遅いし、俺は帰る」

「あぁ…」

 レナートの不思議な色の瞳が揺れる。
 何か言いたそうだった。




「…レナート?」

「……グッナイ、昴…いい夢を」




 結局、俺もレナートにおやすみ、と言うしかなくて。

 そのまま、手を振って別れた。




 レナートが呟いたことなんか…俺には解らなかった。




 呼びたくても思い出せないもの。




 大切なあの人の名前。