この瞳には映らないもの。
 ルツをお茶に誘ったあと、意味もなく街を彷徨いた。

 どうしてあんなにシグルドの言葉に反応したんだろう。




 怖いと思った。
 「モンスター」という存在を。

 さっきから頭痛がするし吐き気もする。
 そして何故か、時々背中に何かで斬りつけられたような、鋭い痛みが走る。




 広場のベンチに座って考えた。
 何が原因なんだろう。
 思い出したいことを思い出す鍵になるのだろうか。

「昴君!」

 俯いていた足下に影が出来た。
 顔を上げると、久し振りに見るティーナが立っていた。

「久し振り!元気だった?」

「…ぁ…うん…ティーナは?」

 無理矢理笑顔を向けると、表情が曇る。

「私は元気だけど…昴君、ちっとも元気そうに見えないよ」

「…ごめん、考えごとしてて」

 どうも、しばらくはもとのように元気になれそうにない。




「ティーナ、また公演しにきたのか?」

「ちょっと違うかな。あ、昴君は知らないよね、もうすぐお祭りなの」




 お祭り。
 そういえば、少し街が忙しない。




「私、踊ることになってるんだ」

「そっか、じゃあ見なくちゃな」

「うん」

 ティーナが微笑む。




「これから打ち合わせだから、私、もう行くね」

「あぁ。またな」

 走って仲間のもとに行くティーナを見送って、俺は深く溜息を吐いた。




 吐き気も消えたし、頭痛も消えた。
 少し落ち着いたんだと思う。
 でも、相変わらず気持ちは晴れない。

「…手…繋ぎたいな」




 口から、そんな言葉が零れた。
 どうしてか解らないけど。
 誰と繋ぐんだ。

 でも、暖かい手を…俺は覚えてる。
 誰かと繋いだ、あの優しい手を。




 教会へ戻ると、丁度いい頃合いだったらしく、スティラルカとルツがテラスでお茶を飲んでいた。

「昴、遅い」

「昴君を待たずに先に始めていますよ」

 ルツは少し怒ったように、スティラルカはご機嫌に言った。

「あ…ごめん、遅くなって」

「昴君、帰ってきたんですね」

 クラウスがお菓子の追加を持ってきた。

「クラウス、遅くなってごめん」

「いいんですよ。座ってください、今お茶を入れますから」

 クラウスはお菓子をテーブルに置くと、中に戻っていった。




「ところで、昴君、私に何か話があったみたいですが?」

 スティラルカがにこにこ笑って言った。

「あ…うん。昨日…墓地に行ってみたんだけど…」

「おや、いいことはありましたか?」




「…いいことかは解らないけど…レナートって人に逢った」




 かちゃん、とカップを置く音がした。
 白いテーブルクロスに一滴、飛んだ茶色い紅茶の染みが出来た。

「…そいつ…」

 カップから手を離さずに、ルツが不機嫌そうに俺を見る。

「昴に、悪いことしてないか?」

「ルツ?」




 じっと見られて、何だか自分が悪いことをしているような気分になった。

「ルツ君、昴君は大丈夫ですよ」

 スティラルカが宥めるように言う。

「俺はレナートと話してただけだよ」

 ルツは、それでも何か言いたそうにしていた。

「心配ですか?」

「心配だ」




 ルツに心配されてるらしいけど、よく解らない。

「今は…昴からは昴の匂いしかしてないけど…心配だ」

 悲しそうな顔をして、ルツは俯く。

「大丈夫だよ、ルツ。俺は危ないことなんかしないし…」




 匂いとか言われても…よく解らない。




「昴君、きっと…いいことですよ。悲しい思いをしても、幸せな思いをしても」

「スティラルカ?」




「その出逢いは、昴君にとって大切なものですからね」




 その後、クラウスとエマを加えた5人でお茶を飲んだ。
 ルツはあまり喋らなかった。
 ただ、たまに俺をじっと見つめていた。

 ルツには何が解るんだろう。
 俺から俺以外の匂いって?

 ティグリであるルツ。
 俺には解らないものを感じることが出来るのだとは思う。

 勘が良くて、頭もいいから。
 きっと危険を察知してるのかもしれない。




 
 だからか、レナートを警戒してるみたいだけど、知ってる人なのだろうか。

 レナートが悪いことをする人には見えない。
 まだ昨日知り合ったばかりだけど、俺はそう思う。
 レナートの心の中なんか、俺には解らないけど。




 この瞳には映らないもの。




 これからの未来と、人の心。