手を伸ばしても届かないもの。
 広場の付近を彷徨いて知り合いの顔を見て回る。
 イヴァンは子分を従えて相変わらず忙しなく動いていた。
 アレクは歴代の王とは違うらしく、よく街を視察していた。




 あのお屋敷に差し掛かると、ちょうどお嬢が出てきたところだった。

「昴様」

 微笑んで、ちょこんといつものお嬢様な挨拶をされた。




「ご機嫌麗しゅうございます」

「お嬢も麗しゅうございます」




 手を振ると、くすくす笑う。
 でも、俺の顔を見て、すぐに真剣な顔になった。




「…いかがなされましたの?」

「え?」

「昴様、本日は少々元気がないように見受けられますわ」




 お嬢が下からじっと見つめてきた。

「そうかな?」

「そうですわ」




 動物と子供は鋭い、と思った。
 ルツが鋭いのは前から知ってるけど、こうもお嬢まで鋭いとは。

「…今から教会に参ろうと思っていましたの。昴様も帰るついでにいかが?」

 特に断る理由もない、と了解した。




「またお祈り?」

「いいえ、クラウス様にお茶にお誘いいただきましたの」

「なるほど」

 そういえば昨日そんなことを言っていたような気がする。

「昴様は…何か不安なことでもおありになって?」

「ん?」

「わたくしが見る限り…とても悲しそうなお顔をしていましてよ?」

 悲しそう、と言われて…今の自分の気持ちを考えてみた。
 悲しいのか。




「…自分じゃ何も解らないんだ。自分は悲しいと思ってるのか。だとしたら何が悲しいのか」

 お嬢はしばらく黙っていたが、俺に笑顔を向けた。

「自分のことをすべて理解しようとするのは不可能ですわ。人に言われて気づくこともありますもの」

 お嬢は何かを思い出すように言った。




「昴様は、自分で考えて、それでもやはり解らなかったら…どなたかに助けを求めてはいかが?」

「誰に?」

「…わたくしでお役に立てるのでしたらわたくしでも構いません」

 お嬢は相変わらず笑顔だ。




「昴様が助けていただきたい方にご助力願い申し立てればよいのですわ」

 お嬢は、俺が考えようとしなかったことを言ってのけた。
 一人で解決しなきゃいけない、と思っていたのに。




 そんなこんなで、教会に着いた。
 クラウスにもお嬢にも一緒にお茶はどうかと言われたけど、断った。
 部屋でゆっくり休みたかったこともあるし、考えたいこともあったからだ。




「…俺の恋した人は…今、どこにいるんだろう…」

 呟いて、目を閉じた。




 目が覚めると、もう窓の外はすっかり暗くなっていた。

 夕飯の匂いがした。
 一階に降りていくと、クラウスとエマが準備を終えたところだったらしい。

「昴君、丁度よかった…迎えに行こうと思っていたんです」

「そっか、ありがとうクラウス、エマ」




 食卓に着いて、祈りを捧げて夕飯を食べ始める。
 料理は美味しかった。
 でも、俺の心は別の場所にある。

「そうだ、昴さん。今日、ルツさんが薬草を届けてくださったのです」

 エマが嬉しそうな顔で報告してくれた。

「セーターのお礼だそうです」

「よかったな」

「はい。私はお礼などはしていただかなくてよかったのですが、とても嬉しかったです」




 本当に嬉しそうだな。
 笑顔が輝いてる。
 エマの笑顔は、心を優しく包んでくれるような気がする。




「エマが喜んでくれて…ルツも嬉しかったんじゃないか?」

「はい、お互いにいいことをし合うと、心も暖まりますね」

 クラウスもニコニコしながらエマを見ていた。




「主はいつでも皆を見ています。いいことがありますよ」

「なるほど、じゃあ神様は目がいくつあっても足りないな」

「そうですね」

 初めて気づいた、とでも言うようにクラウスは驚いていた。
 やはり天然だろうか。




 3人で談笑して、夕食を終えて。
 片付けも用も済ませて…後は寝るだけ。
 時計を見ると、もうすぐ10時だった。

「…そろそろかな」

 昼間にスティラルカが言ってた、いいことって何だろう?
 俺にはまったく見当がつかない。

 外に出て星空を見上げて、深呼吸をして墓地に向かった。




 手を伸ばせば星に手が届くんじゃないかって思うくらい、澄んだ夜空だった。

 でも、届かない。




 手を伸ばしても届かないもの。




 この空に散りばめられた、宝石たち。