ふとしたときに思い出したもの。
 何故か突然広場に行きたくなった。
 広場に行けば、シグルドやイヴァンがいるかも知れない。

 広場に行くと、すでに店が並んでいた。




「おや、昴君ではないですか〜」

 間延びした声が聞こえた。
 振り返らずとも誰だか解る。
 スティラルカだ。

「何だよ」

 聞かなかったことにしてもいいんだけど…とりあえず振り返って返事をした。




「ここで会ったが百年目。昴君、これは運命です。結婚しましょう」

「アホか!」

 こいつはアホだ。
 アホの中のアホだ。




 無視して行こうとすると、傍にいたメイドのユエに呼び止められた。

「昴様、何かお捜しですか?」

「……別に…」

「…昴君、捜し物ですか。私が捜してあげましょうか?代償は夜のお供で」

 …こいつは…スマキで川に落としてやろうか!

「スティラルカ様、あまり変なことを言うと相手にしてもらえません」

「なるほど、ユエは頭がいいですね。さすがスッチーのメイドです」

 コントかこいつら。




「…捜してるのが何なのかも解らないから…別に手伝ってもらわなくていい」




 思い出せない人、何故か消えている記憶、それは、きっと見つかる。
 でも、もっと大切なものがあるはずなんだ。

 それが、何なのかは解らないけど。

 溜息をつく。
 溜息をついて、胸のもやもやが消えればいいのに。




「そうですか」

 スティラルカは微笑んで俺の頭を優しく撫でた。
 何だか胸が痛くなる。
 たまに、こいつにドキドキする。
 好きとかじゃないけど…見透かされてるような気がする。
 こいつは、全部知ってるんじゃないかって、思う。




「昴君は…詰まるところ恋する相手を捜しているんですね」




「は?」




 聞こえた言葉に驚いてスティラルカを見上げる。
 おちゃらけた顔が見えた。




「大丈夫です、昴君!捜す必要はありません!何故なら私がそのあ…」

「昴様、スティラルカ様のことは気にしないでください」

 ユエに言われてようやくからかわれていることに気づいた。
 口が開いたまま閉じられない。




「…冗談ですよ」

 苦笑して、スティラルカが真面目な顔で言った。
 冗談に決まってるだろ、そんなの。

 こいつが俺の捜してる思い出せない人だとか、恋する相手だとか、ありえない。

「そうですね〜…話は変わりますがお墓は好きですか?」

「好か嫌いか、訊かれても…」

「では、今日の夜、教会にある墓地に行ってみてください」

「ぇ?」




 何か嫌だ。
 怖いじゃないか。

 何でまた、夜に?




「もしかしたら…いいことがあるかも知れませんよ〜」




「いいこと?」

 捜し物が見つかる、とは言わなかった。
 じゃあ、関係ないのかな?




「昴君に…いいことがありますように」

 スティラルカはそう言って俺のおでこにキスをした。




 怒鳴り返してもよかった。
 でも、去っていく後ろ姿を見送るしかできなかった。

「いいことがあるかも…って…」

 俺はスティラルカに捜し物が何なのかも言ってないし。
 あいつは何を知ってるんだろう?




 クラウスと仲がいいみたいだし、何か聞いているのかも知れない。
 でも、クラウスが教えてくれないことをスティラルカが…俺が聞いて簡単に教えてくれるとは限らない。

 ヴェンツェルもクラウスも、俺に何か隠してる。 

 それだけは解る。

 俺の失った記憶。
 思い出せない誰かと、その人の願い。




 確かに誰かに会っていたのに…何も思い出せない。
 確かに抱きしめられたのに…確かにキスしたのに。
 「愛してる」って言われたのに。
 「好きだ」って言ったのに。




 え?




「誰に?」




 ふと浮かんだ記憶。
 でも、すぐに消え去った。




 俺は誰を好きになったんだ?
 誰に愛されたんだ?

 スティラルカは、俺の捜し物は「恋する相手」と言った。

 偶然だとしても、そうではなくても。
 スティラルカのような変な占い師が言うんだ、きっと何か手がかりになる。
 すると、俺は「誰か=好きだった人」の記憶をなくしているのかもしれない。




 この世界で好きになった人。
 女の子…だよな?

 エマ、イーヴリン、ティーナ、ユエ、リスルゥ。

 知り合った女の子の名前を挙げてみるけど…ぴんとこない。
 誰かを忘れているのだから、関係ないのかも知れない。




 ふとしたときに思い出したもの。




 誰かの腕と唇と愛の言葉。

「……誰だろう…」

 また、俺は溜息をついた。