願いの代わりに手に入れたもの。
「昴、一体何を考えている?」

 出口に差し掛かったところで後ろから声が聞こえた。
 振り返ると、ヴェンツェルが腕を組んで立っていた。

「…ヴェンツェル」

「どうした?元気がないな」

 ゆっくりと近づいてくる。
 不思議と怖くはない。

「…何かを…誰かを忘れてるような気がして。でも、思い出せないんだ」

 ヴェンツェルの目を見ながら、思ったことを伝えた。

「……そうか」

 一瞬何か言いたそうにしていたけど、それは口から出ることはなかった。
 もう一つ、知りたいことがあって訊ねてみた。

「…俺にはもう…アダムの息子の力はないんだよな?」

「何故…そんなことを聞く?」

「…クラウスが、俺がお前と接触するのを嫌がってるみたいだから」

 確かにいいことではないのかもしれないけど…でも、気になっていた。
 力がないのなら、ヴェンツェルが俺を狙う理由はない。




「…一度は消えた」

 呟くようにヴェンツェルが言う。

「アダムの息子は、願いを叶えて力を使い果たし元の世界に帰る」

「でも、俺はここにいる」

 エリダラーダにいる。
 これは夢じゃない。

「そうだ。だが、帰る前に願いの力で…お前はただの人となった」

 ただの人になった?

「…だからお前にはもう何の力もなくなったはずだった」

 話を聞いていていて、何となく解るような解らないような気がした。

「あいつが願いを反故にすることを願ったために、お前に力が戻ったのだ」

 あいつ?

「…願いが反故になったために、お前はまた…アダムの息子になったのだ」

 だからクラウスは俺とヴェンツェルを近づけたくない。
 また力を狙うのではないかと。

「……俺がただの人になることを願われた…そして反故になった…?」

 呟くように確認しながら考える。




「…次の満月は10年後だ。それまでは特にお前に手を出すつもりはない」

 ヴェンツェルは忌々しげに溜息をつく。

 解らないこと。
 「あいつ」という存在と「願い」と「願いを反故」にしたかった理由。
 ヴェンツェルはそれを知ってる。

「…ヴェンツェル…あいつって誰だ?」

「…知りたいのか?」

 知りたいに決まってるじゃないか。
 そう思いながら一生懸命睨むと、少し困っていたが口を開いた。
 でも、願っていた言葉ではなかった。

「…俺から教えるわけにはいかない。知りたいのなら、自分で探せ。見えるのならな…」

 見える?
 どういう意味だろう。




「昴。お前のその命、大切にしろ」

「え?」

 唐突に言われて驚く。

「お前はお前一人の力で生きているのではない」

 ヴェンツェルがやけに真面目腐った顔で言ってくる。

「命は儚く脆い。だがその代償は決して安くはない」

「な…に…?」

 命。
 代償。

「死を願うな」

「……別に…死にたくなんか…」

 死にたい訳ないじゃないか。

「お前が生きていることが、あいつの願いなのだから」

 そう言ったヴェンツェルの顔が、少しだけ悲しそうだった。
 何も解らないまま、ヴェンツェルが去るのを見送る。

 俺は誰かに生きていて欲しいと願われて生きてる?
 誰にだろう。




 何だか胸が苦しい。
 思い出せないもどかしさと不安からか。

 思い出してはいけないのだろうか。
 大切な記憶なのに。

 思い出せば少しは楽になるのか。
 思い出しても辛いだけなのか。

 考えてみた。

 命の代償。
 命に替えはきかない。
 同じものなんか与えられない。
 ならば…命を…命と引き替えなら…?

「…っ……」

 頭痛がした。
 思い出すなと言うかのように。
 森の出口の向こうには相変わらず青い空が広がる。
 それを見て、少しだけ落ち着いた。

 願いの代わりに手に入れたもの。

 思い出せない誰かにとって、それは何だったのだろう。