| この世界の何よりも大切なもの。 |
| 「昴!!!」 どうしてこんなことになったんだろう。 ただレナートの声が聞こえるだけ。 レナートが無事ならいいや。 この世界の何よりも大切なもの。 レナートを。 『俺はどうなってもいい。だから昴を助けてくれ』
部屋から出ると、エマが洗濯物を片手に訊ねてきた。 「今から森に行こうと思うんだ」 「では、ルツさんに会うのですね」 にこにこ笑いながらエマが言った。 「うん」 「実は、ルツさんにプレゼントがあるのです。昴さん、良かったら渡してもらえませんか?」 「いいよ」 「ありがとうございます!」 そう返事をすると、エマはパタパタ階下へ降りていった。 「これです」 差し出されて受け取ると、クラウスの持っている本と同じくらいの大きさのそれは、ふわふわした感触だった。 「ルツさんに、セーターを編んでみました。寒いのではないかと思って」 「へぇ。エマからだって、伝えるよ。きっとルツも喜ぶ」 「はい。昴さん、お気をつけて」 笑顔を返して、行ってくるよ、と呟く。 外に出ると、青い空が広がっていた。
昴を見送ると、エマは礼拝堂で山積みの本を読んでいたクラウスを呼んだ。 「どうかしましたか、エマ」 「昴さんは、先ほどルツさんに会いに行かれました」 「そうですか。ルツ君が一緒なら、ヴェンツェルもそう簡単には手を出せないでしょう」 「………昴さん…」 目を伏せて苦しそうな顔をするエマに、クラウスは優しく声をかける。 「大丈夫ですよ」 「でも…でも…あんまりです!」 「まだ一週間しか経っていません。これから道が開けるかもしれませんし、もしかしたら変わらないかもしれない」 クラウスはエマの手を取って落ち着くように促した。 「昴君は『アダムの息子』ですから、主の守護を受けています。きっと…大丈夫ですよ」 「……昴さんは…一番大切なものをなくしてしまったのに…それに気づかないなんて…」 エマは頬を涙が伝うのも気にせずに話し続けた。 「一番大切なものを失ったことにも気づかないで、このまま何もなかったかのように生きるなんて」 最後は叫ぶようだった。 「昴さんもレナートさんも可哀想です」
「おはよう、ルツ」 ルツが笑顔で言った。 「それは何だ?」 「あぁ、これ?」 ルツが手に持っていた包みを指差す。 「エマからプレゼントだって、ルツに」 「ルツに?」 ルツに渡すと、不思議そうな顔をしながら包みを開ける。 「…これは何だ?」 「セーターだってさ。ルツが寒いだろうからって、エマが編んだらしい」 黒に近い紺色のセーターが出てきた。 「昴、似合うか?」 「うん、似合う」 暖かそうにしてるし、良かった。 「昴、エマにありがとう、したい」 お礼をしたいってことかな? 「そうか、いいんじやないかな。どうするんだ?」 「解らない…どうしたらいい?」 何か…お礼を。 「そう言えば、エマはよくここらへんで薬草を集めてるな。薬草摘んでいってあげたらどうだ?」 「薬草か?」 「そう」 「解った」 ルツはここに住んでるし、薬草についても俺より解るみたいだった。 「昴、ありがとう。俺一人でやれる。だから昴は遊んできていい」 「どういたしまして。じゃあ、俺は行くよ。またな、ルツ」 ルツに挨拶をして、森を出た。
でも。 「どうして俺はここにいるんだろう」 思い出せない。 願いを叶えて帰るはずだったのに、俺はまだエリダラーダにいる。 誰かの願いを叶えたから、俺はここにいるらしい。 「…誰かのことを…忘れてるような…気がする…」 呟くけど、思い出せない。 クラウス。 セルゲイ。 ………誰だろう。 誰のことも忘れていないはず。 「…大切な人のはずなのに」 きっと、その人の願いを叶えたんだ。 どうして忘れているんだろう。 |