世界で一番早く朝が来る場所H




「ジャンさん、ただいま」




 エドワードの事務所兼住まいである小さな部屋に、初めて足を踏み入れた。




「よ、大将おかえり」

 煙草をくわえた金色の髪の人が奥から出てきた。




「ん?そっちの子は彼女か?」




 俺を見て笑顔でそう言ったその人。




「違うって。友達だよ…男だし」

「マジ?へぇ、可愛いなぁ。俺はジャン・ハボックだ。よろしく」

「…初めまして…」




 お辞儀をして、名乗る名などないことに気付いた。




「ジャンさん、こいつ名前がないんだ。忘れちゃったらしくてさ。だから、調べてくんない?」

 エドワードが気をきかせてそう言った。

「いいぜ?ほら、そこに座りな」

 ソファを指差して、欠伸をしながらハボックさんはコーヒーをいれた。




「そいや、リザさんとアルは?」

「買い物。もうすぐ帰って来るだろ」

 アルはエドワードの弟のアルフォンス。リザは誰だろう?

「あ、リザさんはジャンさんの助手兼家政婦ってやつ?」

 エドワードが補足っぽく付け足す。




「家政婦は違うって。まぁ、そのうち俺に永久就職…」




 俺たちの方へ向いて、コーヒーを置こうとしたハボックさんは、後方を見やり、絶句していた。






「誰が誰に永久就職なんですか?」






 凛とした声に振り返ると、綺麗な女の人が立っていた。
 その横にはアルフォンス。






「ただ今戻りました」

「おかえり…」




 苦笑いしながら、ハボックさんは言った。




「あら、お客様?」






 俺の姿を認めて、その人は言った。
 アルを従えているところを見れば、この人がリザさんだ。




「リザ・ホークアイです、初めまして」

 笑顔を向けて手を差し出す。

「初めまして…」

 俺も、笑顔を向け、その手を握った。






 リザ・ホークアイ。
 きいたことのある名前だ。






「リザさんも、協力してくんない?こいつ、俺の友達なんだけど、名前が解らないんだ」






 リザ…リザじゃない。ホークアイ、に聴き覚えがある。






「えぇ、いいわよ」






 ホークアイ。






「どうやって調べるのかしら?」

「一応、こいつの話と持ち物かな」




 エドワードに促され、時計と指輪を机の上に出した。




「そいや、どこ出身なんだ?」




 ハボックさんに訊かれて答えた。




「…西の…サフィールってトコだけど…」

 サフィール。今はどうなっているんだろう?






「サフィール…って…真珠海の?」

 ハボックさんが首を傾げた。

「うん…多分。避暑地はサクレ・メールって海沿いの街だった」




 こんなことを思い出せるのは、あの人を忘れたくなかったから。




「確か…6年ほど前にクーデターがあって…その後アンバーと合併したわよね?」




 リザさんが言った。




「…6年前?」

 俺が、その地を離れた頃。






「フィリップ・ブルーってのか指導者で、妻の名前がコレット、って…」




 聴いたことのある名前がつむがれる。




「2人とも、演説中に暗殺された…」




 リザさんは、俺の反応を見ながら言葉を発する。




「家紋はこれだな」

 エドワードが、どこからか本を持ってきて、ライオンと蛇の家紋を見せた。




「これ、時計にある」

 懐中時計の蓋の裏に、同じものがある。




「…行方不明になった一人息子の名前は、アンヴィ」




 新聞記事を持ち出してアルフォンスが呟く。






「でも…そんなわけない…だって…売られたんだよ?」






 4人の視線を浴びて、ようやく口を開いた。




「どうして、そう思っているの?」

 リザさんは哀れみを含んだ眼で俺を見る。

「俺を…無理矢理連れていった人が…『お前は今日から商品だ』って…」






 でも、誰が売ったなんて言葉はなかった。
 家に誰もいなかったから…そう思っただけ?






「…でも…」

 じゃあ、勘違いしていただけ?






「指輪は…」

 ハボックさんが、指輪に手を伸ばした。

 プラチナの、指輪。






「…S.C.1890…Roy&Riza…」






 内側に彫られた文字を読んで、ハボックさんはリザさんを見た。

「まさか…」






「…やっぱり、そうだったのね」






 リザさんは俺を懐かしそうな顔で見た。




「そうじゃないかとは思っていたけど」

「…何が…」

「私、昔婚約していたの。相手の名前は、ロイ・マスタング」






 …大佐と…?






「結婚前に、サクレ・メールに行ったこともある。あなたを遠目で見たこともある」




 リザさんは、着けていたペンダントを取り、ペンダントトップにしていた指輪を見せた。

「これは、婚約指輪。あなたが持っているのは、彼が試しに作らせた結婚指輪のサンプルよ」




 何で、こんな風に?




「別れることになったの…事故で」






 事故の内容を、聴きたくなかった。