世界で一番早く朝が来る場所D




 次々と出される料理。

 今まで仕事で連れてこられた店のどこよりも高いって、解る。




「アンタ…軍人だろ?俺みたいな奴の相手しちゃいけないんじゃないの?」

「そんな決まりはないな。別に君を買ったわけでもないし」

「ただ連れ回してるだけだって?」

「そういうことだ」

 軍人は、笑うとまだ子供みたいな幼さを残していた。

「冷めてしまう。食べたまえ」

 すすめられて、ナイフとフォークを手に取った。
 こんな仕事をしていても、俺を買ったやつらの仕事柄、一般常識とマナーくらいはわきまえてる。




「昨日、何で俺の名前を訊いてきたの?」

 デザートを待っているとき、そう尋ねた。

「一目惚れ」

「あ?」

「本当だよ」




 俺の前に出されたラムレーズンアイスクリーム。
 軍人の前に出されたチョコレートチップアイスクリーム。

「あの日、君を見た瞬間、唐突に理解した。私は、君に逢うために生まれてきたんだと」

 クサい台詞を堂々と吐けるこいつは、自分の目の前にいる俺がどんな存在なのかを忘れているに違いない。

 じゃなきゃ、これはただの夢だ。

「それで…?」

「君についてよく知りたいと思って声をかけたんだ」

 そしてこの再会。

「なら、解るだろ?名前もない、元奴隷の現娼夫。そんなこと言われたって、俺はアンタに逢うために生まれてきたとも何とも思っちゃいないよ」

 俺が望んでいるのは、こんな奴との出会いなんかじゃない。
 俺を自由にしてくれる…そんな人との出会い。

「構わない。こうしていられればそれで」

 そう言ってアイスクリームをスプーンで掬って口に運ぶ。

「そういえば、まだ名乗っていなかったね。私はロイ・マスタング…大佐だ」

 大佐。
 エリートっぽいし、それなりに実力がないとまだ若いし、簡単にはなれないだろう。

「君には名前がないそうだが、本当かね?」

「本当…っていうか、忘れた。みんな好き勝手呼んでくるから……」

「店では何と呼ばれているんだ?」

「…50」

 娼館では、金額で呼ばれてる。
 同じ金額の人はいないから、困りはしないけど。

「…なら、私がつけよう」

「え?」




「エンヴィー」




 エンヴィー?




「羨望・嫉妬という意味だ。君は、世間に嫉妬しているだろう?自由になりたくて」




 何で、解るんだろう?

「とても似合う名前だと思うのだが」

 不思議と、その名前を気に入ってしまう自分がいた。




 店を出て、娼館に帰る帰り道。

「また、逢えるかな」

 大佐が、言った。

「逢いたいなら買いに来ればいいよ…俺を」

「個人として逢いたいんだがな」

「…別に…」

 嬉しいような、何だか不思議な気持ちが胸に溢れた。




「エンヴィー」




 呼ばれて、ふと顔を上げたとき。

 目の前に大佐の顔があって。

 ゆっくりと唇が塞がれた。




「…何…」

「また、逢えるようにおまじない」




 笑う大佐に、何も言えなくて。




「さよなら…」




 そこから、振り返らずに走った。






 また、逢いたいなんて思っちゃいけない。



 逢えば、絶対俺の世界が変わっていく。



 変わった先…未来は…絶対、辛いに決まってるんだ。



 大佐は、ただ遊んでるだだと、そう自分に言いきかせて。




 深入りは危険。



 俺みたいな、身分の卑しい男は、あの人とは生きる世界が違いすぎて、交わればさらに堕ちていくしかない。



 これ以上堕ちるのは嫌なんだ。



 見てるだけでいい。




 あの人は、太陽。

 それだけで。
 いるだけで。

 羨望される存在。




 手を伸ばしても届かない存在だから。