世界で一番早く朝が来る場所B




 娼館に戻ると、もう朝の4時だった。
 休んでいいと言われて自室に戻る。

 ふと、腕に暖かい感触が蘇った。
 あの軍人に掴まれた場所が、暖かい。

 そんなに強くもなかったのに、簡単に思い出せる。

 もう、逢うことなどないだろうし、逢いたくなんかない。




 軍人




 あいつだって俺の名前を知らないんだから、見付けようなんて思わないだろう。

 大体、名前を訊いてどうしようってんだ。

 買うのか?

 でも、あいつは俺がそういう仕事をしてるとも思ってなかったし、驚いてた。

 じゃあ、何?

 ナンパでもないだろうし、キャッチでもないだろう。

 …不思議と、あの軍人のことを考えていると落ち着く。
 荒んだ心が、穏やかになる。




 思わなくても心が荒むような、知らない男に抱かれる毎日だけど。
 こんな日があってもいいか、そう思った。




 体は好きにしたっていい。でも、心までは渡さない。

 いつか自由になる、これだけは、誰にも変えさせない。

 娼夫は俺の天職かってくらい体に馴染んでるけど、そこに心がないから、ただ辛いだけなんだ。






 その日は昼過ぎにようやく目を覚まして、仕事が始まるまで街を回ろうかと娼館を出た。




 何も食べないで出たせいかすぐに腹が減って気持ち悪くなった。
 目が回って仕方ないから、と服屋のショーウィンドウの前に座り込んだ。
 だからって空腹が消えるわけでもないけど、少し休めば治るかも知れない、そう思った。




「…どうした?」

 ぼぅっとしていると、日の光が遮られた次の瞬間、頭上で聴き覚えのある声がした。

「…軍人…」

 逆光で顔がよく見えなかったし、軍服ではなかったけど、昨日のあの軍人だった。

「大丈夫か?具合いでも悪いのか」

 そう言って、そいつは体温を測るため、右手を俺の額に当てた。

 昨日と同じ。
 直に触れるこいつの体温が、気持ちいい。

「熱はないようだな」

 手を外して、安心したように俺を優しい目で見る。

「…熱なんかない」

 やっと口を開いてそれだけ告げた。

「なら、どうしてこんなところに座り込んでるんだ?」

「…腹減った」

 何だか急に恥ずかしくなって、うつ向いて答えた。

「用意されてたのに何も食べないで出てきたから…」

 何でこんなこと、こいつに話すんだろう。