第2話 猫
 枕元に置かれた携帯から音楽が流れる。
 起こすには似つかわしくないかもしれない穏やかな音楽。
 腕を伸ばし手探りで携帯を捜し当てクリアボタンを押しアラームを止めた。




 目を閉じたままあれこれ考える。
 小十郎の餌を買わなくてはとか、トイレ用の砂を買わなくてはとか。
 本当に飼うなら首輪もいるし、登録も必要だろう。




 ふと腕の中の存在の感触に違和感を覚えた。
 寝るときは柔らかな毛の手触りだった。
 しかし今は…すべすべぷにぷにした人肌のような手触り。




「?」




 目を開いて腕の中を見る。




 そこには何も身につけていない子供が丸まって眠っていた。




「あぁ?!」




 何が何だか解らず慌てて飛び起きる。
 部屋を見渡すが小十郎の姿が見当たらない。

 もう一度子供を見、ベッドから降りた。

「…どこから入ったんだ…こいつ」

 呟いて、すぐ気付く。
 子供の頭には白い猫のような耳がついていた。
 指で触れるとぴくんと動く。

「…こ…小十郎?」




 しっぽも生えていることに気づき、猫だったはずの小十郎が姿を変えた…そんな考えが頭をよぎる。




「…ま…まさかな」

 そんなわけはないと思いながらも、やはりそうとしか思えなかった。

 子供はすやすやとよく眠っている。
 どうしたものかと悩み声をかけてみた。

「小十郎、小十郎」

 何度か呼びかけると、耳がぴくぴく動き目を開いた。




「ふにゃあ」




 ゆっくりと起き上がると欠伸をし目を擦って辺りを見回す。
 俺の姿を認めると嬉しそうに笑った。

「…小十郎?」

「にゃうん」

 子供は頷いた。
 しかし、にゃあとかみゅうとか…明らかに言葉ではない声しか発しない。

「ホントに、小十郎なのか?」

「みゅう、みゃあ」

 そうだと言いたそうに声を発し抱きついてきた。

「…ちょ…」




 すり寄ってくる小十郎と思しき子供に戸惑いを隠せない。
 するりと尻尾が伸び腕に絡みつくのを見て、本当に小十郎なのかと思わざるを得なかった。

「ま、待て」

 細い肩を押して体を離した。
 そのとき気付いたが、子供は女の子だった。
 慌てて毛布で体をくるんでやると、不思議そうな顔を向けられる。




「お前、本当に小十郎なのか?」

「にゃ」

 子供は何度も頷く。
 不思議だが、言葉は通じるようだ。




「何でこんな姿に?」

「みゃう、みゃ…」

 説明しようがないのか困ったような顔をする。
 確かに言葉を喋れるわけではないし、こちらもどうしようもない。




「…いい…解った」

 小十郎の頭を撫で、小さく溜息をつく。

「…うちに居たいなら居ればいい」

「にゃあ」

 こくんと頷いて嬉しそうな顔をする。




「今お前を追い出したりしたら、お前を捕まえて実験しようと企む奴とか出てくるだろうし…」

 そんなことはさせたくない。

「俺が守ってやるよ」

「みゅ」




 微笑んで、ぽふんと毛布にくるまれたまま体を預けてきた。
 まだ6歳くらいの小さな子供だ。
 これから先どうしたらいいのかも解らないが、とにかく小十郎をここに置いておこうと決めた。




 母親のこともあるし、女には色々と嫌な思い出がある。
 だが、まだ子供だからなのか、それとも小十郎が猫だからか…小十郎のことは嫌ではなかった。




 何も着ないままではいけない、と小十郎に自分の持っているシャツで一番小さいものを着せたが大きすぎた。
 成実から誕生日にもらったプレゼントのリボンを見つけ、それを腰のあたりに巻き結んでやる。

「…服もどうにかしなくちゃな」

 首を傾げる小十郎に苦笑し、また頭を撫でる。
 今日はバイトのない日だから、時間は沢山あった。




「それにしても…」

 小十郎、と名前をつけたはいいが、まさかメスだったとは。
 性別を確かめることも何もしなかった。




「お前、女の子なら小十郎って名前じゃないほうがいいか」

 呟くと、小十郎は首を振った。

「いいのか?小十郎のままで」

「うにゃん」

 こくこくと頷く。
 気に入ったらしい。

「そうか…俺は政宗だ…よろしくな、小十郎」

「にゃうん」




 微笑んで嬉しそうに抱きつく小十郎の頭を撫でる。
 これから、いつまで続くか解らないが…小十郎と一緒に暮らす。




 心配事がないわけではないが、それでも小十郎が嬉しいならいいと思った。