雨の降る夜、バイトからの帰り道を急いでいた。
灯りの点滅する街灯の下のみかん箱が目に入る。
まさかと思って通り過ぎようとしたとき…小さな鳴き声が聞こえた気がした。
「みぃ…」
細くて小さな鳴き声。
気のせいではなく、耳を澄ますと何度か聞こえてきた。
「今時まぁだんなベタなことする奴がいるとはな…」
半ば呆れながらも急いで箱に近づく。
閉じられた箱の中には小さく丸まった真っ白な猫がいた。
ただ猫がいるだけで、ほかに何も入っていない。
「まだ小せぇのに」
断続的にみぃみぃと鳴いていたが、ふと目を開いたその猫と目が合う。
縋るように見つめてくるその猫を片手で抱き上げ、雨から庇うように抱き傘をさした。
胸に感じる体温は、布越しだけれどしっかりと暖かかった。
「…見捨てらんねぇよな…」
誰に言うでもなく呟いて家路を急いだ。
自分の住んでいるマンションに着き、部屋に入る。
自分以外誰も住まない部屋。
「ただいま…」
返事かないことは解っていても、毎日、繰り返していた。
「タオルタオル」
洗面所の棚からタオルを出し、居間に向かう。
胸に抱いていたくったりしている猫を優しく拭く。
その後親友の慶次からもらった煎餅の空き缶に乾いたタオルを敷いてそこに猫を寝かせた。
「大丈夫か?」
撫でるとみぃ、と小さく鳴いた。
「腹減ってんだろ…今ミルク出してやるからな」
冷蔵庫から牛乳を出し、比較的平らな皿に少し温めたそれを注ぎテーブルに置いた。
猫を缶から出し、その前に置いてみる。
「飲めるか?」
少し心配になりながら見ていると、ゆっくり立ち上がってミルクを飲み始めた。
すべて飲み終えると、不安そうにじっと見上げてくる。
「どうした?」
「にゃあ」
「…うちに住むか?」
「みゅう…」
言っても解らないだろう、と思いながらまた猫を缶に置く。
チャイムが鳴り、誰かが来たことを知らせた。
「誰だよ…」
夜の九時過ぎに、と思いながらインターフォンを取った。
「はい?」
『あ、殿?俺俺!』
「…新手の俺俺詐欺かよ…」
従兄弟の成実だった。
従兄弟というよりは友達に近い存在。
受話器を置いて玄関のドアを開く。
「殿、元気〜?」
「元気だよ」
一体何用だと思いながら返す。
「これ、うちの母親が作ったアップルパイ…お裾分け」
「あぁ、thank you」
同じマンションの別の棟に住む成実の家族にはいつも世話になっていた。
「みゃあ…」
居間で猫が鳴いた。
「ん?猫?」
「捨てられててな」
「殿は優しいなぁ」
そのまま玄関で立ち話をしていたが、しばらくしそれじゃ、とアップルパイの乗った皿を残して成実は帰った。
居間に戻ると、猫が缶の中で丸まって眠っていた。
気配を感じたのか、目を開いて嬉しそうに「にゃう」と鳴いた。
何だかそれがとてつもなく可愛らしいと思った。
「お前がうちに住むなら名前がないと不便だな」
ペット禁止のマンションではないが、まだ飼うと決めたわけではない。
捨てた奴が後悔して探すかもしれない。
だが短い間でも、名前があったほうがいい。
「小十郎…でいいか」
ふと浮かんだ名前を口にする。
「小十郎」
呼びながら撫でると、ごろごろと喉を鳴らす。
「…誰がお前を捨てたんだろうな」
遅い夕飯をとりながら問いかける。
「…みゃあ…」
心なしか淋しそうな声で鳴く小十郎に言った。
「俺はお前を大事にするからな」
捨てたりなんかしない…見向きもしないなんてこともない。
辛くて悲しいことだと解っているから。
「好きだよ、小十郎」
どこかしら似た境遇であるし、仕草も容姿も愛らしい。
まだ出会って数時間であるのに、小十郎を好きだと思った。
その日は、丸まって眠る小十郎をタオルにくるんで抱きしめて寝た。
続
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