水の証
「小十郎!」




 縁側で涼んでいたはずの主の声が聞こえ、読んでいた草子から顔を上げた。

「若?」

 主は庭に裸足で立っていた。




「見ろ、小十郎!池に月が浮いているぞ!」

 指をさす先を見る。
 主の言うとおり、庭にある池に、真ん丸い月が映っていた。




「凄いな、小十郎」

「そうですね、若」

 草履を履いて、主の傍に立つ。
 足元に草履を置くと、足を軽くはたいてそれに足をかけていた。




「水に、月が映ってるんだな」

「はい」

「綺麗だ」

 揺れる水面に映る月を見つめながら、主は呟いた。

「梵天丸様は、月がお好きですか?」

「好きだ」

 真剣な眼差しをこちらに向けた主の、一つしかない綺麗な瞳。
 そこには、少しだけ呆気にとられた自分の間抜けな顔が映っていた。




「……小十郎は、嫌いか?」

「私も、好きですよ」

 その答えを聞いて、主は微笑んだ。
 そして出逢った頃よりも大きくなった手で、私の手を強く握ると、戻ろう、と歩き出す。

「もう、夜は冷えるからな」




 秋になり、日の暮れるのも早くなった。
 昼間は暑くても、夜は寒くなる。




「そうですね、若がお風邪を召されては大変です」

 そう言うと、首を振った。

「お前がひいたら大変なんだ」

「何故ですか?」

 訊ねると、しばらく間を置いて答えた。

「……言わない」

「そうですか」

 心配をしているのだ、と解り微笑ましく思った。
 どんな理由があれ、それは嬉しいことだ。




 主の足を軽く拭き部屋に上がると、ふと主が言った。

「小十郎の目には…両方とも、俺が映っているな」

「今、私は若を見ていますからね」

「…目には見ているものが映るのか?」

「はい」




 頭を撫でてそう答えると、少し照れたような顔をしたが、すぐに何かを思い出したような顔になった。




「小十郎、俺の目には、お前は映っているか?」

 真剣な顔で、じっと見つめてきた。

 その、たった一つしかない、綺麗な、強く意志を持った瞳には、やはりまた、驚いた自分の顔が映っている。




「映っていますよ、ちゃんと。私が…殿の目に」

 微笑むと、その笑顔が主の瞳に映る。
 主は嬉しそうな、どこか照れたような顔になった。




「よかった。俺には目が一つしかないから…心配だった」




 目に見えているならば、映っているであろう。
 だがそれを気にするとは。

 まだ幼くて、それでいて、大人びていて。
 そんな主が、とても愛しく思えた。




「ちゃんと、映っています…あなたが私を見ている限り」

「ああ」




 水に映る月のように。
 私の目にはあなたが、あなたの目には私が。
 たった一つであろうと、二つあろうと、見ている限り変わらない。




 きっと、水は月を見たかったのだろう。




 そして月の姿を己に映したのだ。




「私も、若を見ている限り、あなたの姿を映し続けますよ、この目に」




 それが、望みであるから。




 水が水である証のように、月を映す。

 私も、私が私である証として、大切な、あなたを映すのだ。