約束。



「小十郎、お前の髪はきれいだな」

「ありがとうございます、梵天丸様」

「せっかくきれいなんだから、のばせ」

「何故ですか?」

「お前の髪が好きだし…長いほうがお前にはよくにあう」




 そう言ってにっこり笑った主は、このことを覚えているだろうか。




「殿…またこんな…」

 部屋を散らかし放題にした君主は、部屋の中央に仰向けに寝ていた。

「ちぃと捜し物してたんだよ」

「言ってくだされば私もお手伝いしましたのに」




 主に物を避けつつ近付くと、当の主は不意に起き上がってにやりと笑った。




「お前じゃ駄目」

「?」




 小さな包みを握っているところを見ると捜し物は見つかったようだ。




 部屋に散らばるものを片付け始めると、そんなことなど意に介さないとでも言うように部屋を出ていこうとする。

「どちらへ行かれるのですか」

「ちょいと町まで」

「殿がお一人でなど危険です、私もお供します」

「大丈夫だって。お前には片付けがあるだろ」




 狙ったかのような口振りに溜息をつく。

「片付けなど帰ってからで充分間に合いますが」

「俺が帰るまでに綺麗にしておけよ、小十郎。町には成実を連れて行く」

 ならば、と渋々承諾した。




「行ってくる」

 嬉しそうに出かけていく主を見送り、改めて片付け始める。
 幼少時の着物やら書状やら、様々な物が散乱している。

「こんなに散らかして…殿は本当に仕方のないお方…」

 それでも、そうやって主の世話をするのが嬉しいと思う。
 自分がいなくては、という間違った喜びなのだろうが。




 一通り片付け、あとは捨ててもいいか帰ってから訊こう、本日何度目かも解らない溜息をついた。
 部屋を出たとき、丁度主が帰ってきたようで、ばたばたと廊下を歩く音が聞こえた。

「小十郎!」

 嬉しそうに駆け寄ってくる主に腕を掴まれもと居た部屋に連れ戻された。

「と、殿?」

「sit down!」

 座れと言われて畳の上に座り込む。
 主は背後で何やらごそごそやり始めた。




「何をなさっているのですか?」

「黙ってろって」

 髪を結い上げていた紐が解かれ、髪がぱさりと肩に落ちる。

「殿?」




「小十郎、お前の髪は綺麗だな」




「ありがとうございます、殿…」




 櫛で髪をとかされ、主がまだ小さかった頃のことを思い出した。
 そのときも同じことを言われた。




「よく伸びたな」

「そうですか?」




 たまに季節などに合わせて切り揃えたりしていたが、よく考えれば確かによく伸びたと言える長さになっていた。




「十年か…」

 主の言葉とともに解かれた髪が上にまとめられる。

「…何が…ですか?」

「伸ばせって言ってから十年」




 話の意味を理解した。




「せっかくきれいなんだから、のばせ」

「何故ですか?」

「お前の髪が好きだし…長いほうがお前にはよくにあう」




 覚えていたのか、と思った。




「出来た」

 いつも自分で結っている高さとほぼ同じ位置で髪が結われていた。

「何をしたかったんですか?」

「鏡見ろ…あ〜…見えねぇかな」




 主に渡された小さな鏡で色々な角度で試してみると、鶯色の紐が蝶々結びをされているのが見えた。

「この紐は?」

「買ってきた」

「何故?」

「…本題はそこじゃねぇ…先についてる石だ」




 紐の先を鏡に映るように持ち上げて、主は照れくさそうに言った。
 小指の爪ほどの紅い石が紐の両端についている。




「この紅い石…本物の紅玉だ」

「な…」

「十年前、コレをもらったとき親父に言われたんだよ。いつか本当に愛する人が出来たら、その人に贈れって」

 主は石に口付けて、懐かしそうに話す。

「んで、お前の髪をいじってるときに言った」

「え?」

「お前のことが大好きだから、お前に贈るってな」




 そう言われて、忘れていた言葉を思い出した。




「俺は小十郎が大好きだから、父上からもらった石は小十郎に贈るぞ」

「ですが、私は…」

「小十郎の髪が俺の好きな長さになったらお前にやる!お前が嫌がってもだめだからな!」




 思い出したと同時に背後から抱きしめられて、耳元で囁かれる。




「お前が俺の一番大切な、愛する人だ」

「…殿…でも…」




 こんな高価なもの…と言いかけたところを口付けで止められる。

「お前が嫌がってもやるって言った」

「……はい…」




 恐れ多いと思いながらも嬉しくて微笑んで頷くと、子供のように嬉しそうに笑った主に正面から抱きしめられた。




「愛してる、小十郎」

「はい、殿…私もですよ」




 その日は何度も主と口付けを交わした。
 ほんの些細な約束が、何だかとても幸せに思えた日だった。