木漏れ日の光
「若、どこにいらっしゃるのですか?」




 自分を探して名前を呼ぶ小十郎の声がすぐ後ろで聞こえた。
 今日初めて聞く、小さなときからずっと自分のそばにいる綺麗な人の声。

 いつからか、好きになっていた人の声。

 いつでも、微笑んでいて欲しい、愛しい人。




「ここだ、小十郎」

 涼んでいた木陰から腕だけを出すと、駆け寄ってくる足音が聞こえた。

「若、何をなさっているのですか?」

「暑いからな…涼んでいた」

 木陰にいれば、幾分かは涼しく感じられる。

「さようですか」

 そう言うと、一呼吸おいて小十郎は俺の横に座った。

「若、私もよろしいですか?」

「もう座っているだろうが」

「一応」




 そう言って笑う小十郎は綺麗だ。

 いつも思う。
 本当に綺麗だ。




「許す」

「ありがとうございます」




 樹に背もたれて、小十郎は目を閉じていた。

 しばらくその顔を見つめて、そして名前を呼んだ。




「小十郎」

「はい、若」

 振り向いた小十郎の首に手を伸ばして抱きついた。

「若?」

 突然のことで驚いたのか、びくりと体を震わせる。

「…何故俺を…探していた?」

「…若の姿が見えなかったので」

 そうか、と告げて離れた。




 いつもそうだ。
 小十郎は俺が姿を見せないとすぐに探しにくる。
 そしてずっと探している。

 まるで、大切な何かを探すかのように。
 まるで、失ってはいけないものを探すかのように。




 以前、誰にも見つからないように縁側の下奥深くに隠れていたことがある。
 居ないことに気付いた小十郎だけでなく、何人かの家臣が自分を探していたが、そのままずっと隠れていた。

 出たくなかった。
 見たくなかった。
 弟を可愛がる母上を。
 母上に可愛がられる、まだ生まれたばかりの弟を。

 俺は望まれないのだと思った。
 右目を失ったから誰にも期待されないのだと気付いた。

 大好きな小十郎にも、父上にも。




 悲しくて泣いた。
 そしてそのまま眠ってしまった。

 昼に隠れたが、気がつくと陽も暮れかけていた。
 まだばたばたと自分を捜している足音が聞こえた。




 小十郎のかすれた声が聞こえた。

「梵天丸様!どこにいらっしゃるのですか、梵天丸様!」

 半分泣いているような声。
 その声を聞いていて、自分が少し嫌になった。
 好きな人を泣かせているのだから。

 自己嫌悪していたのにそれでも出るのが怖かった。




 小十郎にも、いつかは見限られてしまうのではないかと不安だった。




「梵天丸様」

 どのくらい経ったか、蝋燭の灯りが見えて小十郎の声が聞こえた。

「探しましたよ」

「…小十郎…」




 手がゆっくりと伸ばされるのがうっすら見え、その手が目元を拭った。

「泣いていらしたのですか?」

「……別に…」

「…出ましょう、ここから」




 みんな心配していますよ、小十郎はそう言った。
 外に出て、小十郎の顔を改めて見ると、左の頬が赤かった。

「その頬はどうした」

「あ…これは…いえ、気になさらないでください」

 少し躊躇いがちに言ったので解った。
 きっと自分の姿がないことを咎められ、殴られたのだ。

 もっと早く出ればよかった。
 そうすれば小十郎も殴られずにすんだかもしれないのに。
 そう思った。




「何故隠れていたのですか?」

 小十郎に汚れた服を着替えさせられながら言われた。

「…言いたくないなら言わなくてもいいです」

 ただ、と続けた。




「これからは、私が呼んだとき、気が向いたらで構いませんから返事をしてください」




 自分が力尽きる前に。




「…無理にとは言いませんから、出来るときは」

 頷くと、嬉しそうに微笑んでいた。




 それ以来、見つからないようにと隠れることはなくなった。
 返事も出来るときはするようになった。




「今日は若の誕生日ですね。遅くなりましたが、おめでとうございます」

 そんな過去を思い出していると、小十郎がふと口を開いて言った。

「あぁ…会う奴会う奴みんなおめでとうと言っていた」

 だから涼んでいたという理由もある。




「どんどん大人に近付いていきますね」

 少し淋しそうな顔だった。




「…何か心配か?」

「…いえ…」

 目を逸らし、小十郎はまた目を閉じた。




「今朝、本当は若に一番最初に会いに行っておめでとうと言いたかったんです」

「何故?」

「…若の傍につくようになってから、ずっと…そうしていたんですよ」

 そういえばそうだ。
 当たり前のことだと思っていたから、言われるまで気づかなかった。




「…では何故今年は出来なかった?」

「…若に渡したいものがあって、その準備をしていたら間に合わなくなってしまいました」

 小十郎は目を開いて苦笑した。




「…何を準備していたんだ?」

「それはまた後ほど若にお見せしますので秘密です」




 微笑むその顔が、曇ることなどなければいい。

 そのまましばらく、小十郎と手を繋いで揺れる木漏れ日を見つめていた。